「野球拳は宴会を破壊する!」

宴会シーズン、久しぶりにハードな奴らと会った。

ハードな奴ら!?

そう、心から敬愛するハードな奴ら!!
で、何となくウキウキした気分で待合せの場所に行くと、なんとそこにはスーパーハードな奴まで来ているではないか!しかも当方の顔を見たとたん、鬼のような形相でこちらを睨みつける!

「…?…」
当方、何か悪いことでもしたのだろうか?
「ニシヤンもエラくなったもんだ…」
「ウン!?」

つまり、当方、約束の時間を1時間も遅刻したと言うのだ。
何かの間違えだ。だってジミーが10時に来いと言うから…。
『…ア、ジミーがいない…』
クー、これは大変だ。連中を怒らしたら何が始まるかわからない。当方、塩をまかれたナメクジのように小さくなる。

ハードな奴らは、皆、腕が太い。並ではない。ボブ・サップのような腕をしている。
あるときジミーの弟分のユウジが、自分の裸の腕をしばらく見つめてから言った。
「旨そうだ…」
理解できない人もいるかもしれないので説明すると、ケンタッキーの腿肉より確かに旨そうな形をした腕なのだ。その腕で、中身200kg、缶の重さ30kgの危険物ドラム缶を何十缶と素手で扱って、全国各地に運んでいる。彼らはスーパーハードなトラックドライバーだ。ナマな体では勤まらない厳しい仕事だった。

その彼らがそろって温泉で宴会するという。当方も仲間として誘ってくれたのだが、出足からつまづいて、皆、大変オカンムリである。

ようやくジミーも集合して、マイクロバス総勢25人の宴会旅行が始まった。当方もジミーも針のムシロだった。日頃、厳しい運行管理の中で働く仲間が揃って旅行することはない。それだけに男ばかりの旅も、心の中では、小学生の遠足のように楽しみなのだ。

だから1時間の遅刻はただの遅刻ではない。しかも当方はネットの仕事をしている訳の分からん奴で、仲間のボーダーラインから外れかけている。仲間意識の強い世界で、このしくじりによって、完全にボーダーラインから弾き飛ばされないとは限らない。

『ウ…、困った…、何とか挽回しなくては…』

昼食を入れて4時間の旅を終え、宿に入ると、仲間は散々に湯につかり、少し休んで宴会場に入る。こちらは、その間、帳場に顔を出し、マジックと団扇、捨てても良いスリッパに、できるだけ大きな徳利を借りる。

『果たしてこれで何とかなるのだろうか?ま、それ以外、手はないか…』

宴会が始まると、所長のコーちゃんの挨拶が始まった。仲間はみんな浴衣に着替えているのに、この所長、黒のTシャツに首からチェーンみたいな金の鎖を垂らしている。手首にもジャラジャラ金のブレスレット、おまけに指と言う指に、バラストをくっ付けたようなリングを嵌めている。

『スゲエ!誰も勝てんワ!コーちゃんには!』

乾杯が終わると、コンパニオンのお姉さんが10人ほど入ってきて、一同に頭を下げる。
当方、一瞬で誰がリーダーか見分ける。美人とは言えないけれど、気風の良さそうな、それでいて愛嬌のある、粋なアネさんという感じ。

『正面から…ぶち当たるしかないか…』

若いコンパニオンさんにテキパキ指図している姉さんの側に寄る。

「あのう、ここに来る前、エライ失態を演じて、どうしても晩回しないと許されないんですけど、なんとか助けてくれないでしょうか?」

ふうっと視線を上げ、当方の目を確かめる。
やや間があって、ニコッと笑顔を浮かべると、

「ええよ」

「それが、言い辛いんですが、野球拳の相手を…」

「あら、野球拳、面白そうね、ホントに脱いじゃおかな」

「いえ、そんなことはさせませんから…」

と、簡単に打合せをして、掌に隠したお札を一枚、スーツのポケットに忍ばせる。姉さんは親指を立て、ウインクを返してくれる。

これで仕込みはできた。

男たちの前に、うるわしい匂いを漂わすコンパニオンが座っている。が、なかなか場は盛り上がらない。ハードな男たちはこの雰囲気に慣れていないのだ。当方は知っている。顔に似合わずウブなのだ。無言で酌を受け、女のコがタバコに火をつけようとしても、無骨に自分で火をつけて、仲間同士で仕事の話などしている始末。

『こりゃアカンわ』

じゃ、そろそろ始めるか。
当方、舞台に立つ。

「本日は、せっかくの温泉旅行を遅らせて、申し訳ありません。で、このままでは一生文句を言われそうなので、ひとつ芸でも、と思うのですが、なんぶん、無芸。仕方ないので、誰かを相手に、ひとつ勝負でもしたいと思います…」

周囲を見回して、

「お姉さん、ちょっとこちらへ来ていただけますか…」

相手は、打合わせよろしく、トボけた様子で舞台に上がる。

「コンパニオンさん、芸なしのわたしですが、勝負はできるんで、ひとつ勝負を受けてくれませんか」
「勝負って?」
「そりゃ、決まってるじゃないですか」
「決まってるって?」
「男と女の!」
「え、男と女の?」
「勝負、しょうぶ!」
「しょうぶ、勝負?」
「ソレ、ソレ!」
「ソレ、ソレ?」
「♪やあきゅうー♪すうるなら」
「ちょっと待って、お客さん。野球拳をするって言うの!」
「お願いできませんか。こちらが負けたら、一晩何でもお姉さんの命令に従います。それとも怖気づきました?」
「フーン、わかったわ。勝負に乗るわ。でも、あたし、ジャンケン、強いんだから、覚悟して置いてね!」
「よっしゃ、これで決まりや。ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ」

いきなり野球拳を始めたものだから、仲間も若いコンパニオンも、ポカンとこちらを見るだけで、まったく盛り上がらない。が、始めた以上は止められない、やり抜くしかないんだな。多分、当方の切羽詰った思いが姉さんにも伝わっているのだろう、なんとか応えようとしてくれる様子が窺える。

「♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

順当に私が2回負ける。

「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

今度は姉さんの負ける番。

当方、オーバーアクションで勝ちを喜んでいると、オー、と太い歓声が上がる。舞台に視線を戻すと、いきなり、姉さん、スカートを脱いでいる。

『ありゃ、りゃ』

イヤリングとか指輪とか、何でも良いのに、いきなりスカートなんて、こりゃ、ちょっとマズイかも。ところが、このときから場は一転して、盛り上がった。茶番かと思っていたら、いきなりスカートを脱いだ。これはホンモノの勝負だ。

若いのは立ち上がり、奇声を上げ、一気に酒を飲み、こちらに檄を飛ばす。
「負けると、ただじゃ、すまんでえ、ニシヤン!」
首に巻いたチェーンをジャラジャラいわせて所長も手を叩いている。

乗ってきた、乗ってきた。
「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

周囲から深いため息が漏れる。当方の負けである。途端にオシボリが飛んでくる。タオルが飛んでくる。鍋の蓋がフリスビーのように飛んでくる。

「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

また負けである。が、どっと笑い声が起こる。上半身裸になった当方の腹に大きな顔が描いてある。体を捩るたびに、その顔がアカンベイをする。

隣の部屋でも宴会が始まっていた。食事時が同じだから、当然といえば当然。誰かの挨拶があり、決まりきったカラオケタイムになって、知らない誰かが唄っている。ところがこちらの盛り上がりに比べると、蚊が鳴くような宴会である。我ながら迷惑を掛けているな、と思いつつ、もう止まらない。

「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

どっと沸いた。当方の勝ちである。矢でも鉄砲でも持って来い。チャラケていると、おーう、と唸るようなため息が漏れた。

『どうした?』

傍らに立つ敵を見る、と。

『あ、ら、ら…』

ボディコンシャスなスーツの上着を脱いでいた。ところが、なんと、その下はブラウスではなく、まんまレイシーなスリップ姿なのだ。セクシーなランジェリー姿なんだ。参った。約束では3回、身につけているものを取ってもらうことになっていた。時計とか装身具といったモノを想定していたのに、コレは危ない。なぜなら、当方の仲間は、ウブで純朴でハードな男たち、なのだ。だから酒に酔って暴走しないとは限らない。まずは笑いに落とさないと。

当方、股間に隠しておいた、2合徳利でグイとパンツを持ち上げる。みんな酒が入っているせいか、こんな芸でも受けに受ける。
尻を隠すつもりで持っていた団扇を取り出し、姉さんに渡す。ランジェリーのレースを通して、ほとんど見えそうな胸元を隠してもらうつもりだった。ところが、姉さん、何を思ったか、団扇を使って、チラリズムの余芸を始めた。

『た、たまらん』

当方、真剣に場の空気のトーンダウンを考える。しかし、爆発的な盛り上がりは、もう誰にも止められそうにない。なぜなら、全員が大声で野球拳を唄って、こちらに早くやれと急かせているではないか。

「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

ホッと、する。当方の負けである。が、スリッパやタオルや鉄の鍋まで飛んでくる。

『ホンマ、痛いよ』

「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

どっと沸く。嗚呼、勝ってしまった。若いのがコーフンして部屋中を走り回る。クー、堪らない。姉さん、ストッキングを脱ぐ。

いや、もういいよ。そう目で伝えても、相手はゼッタイ勝ってやる、といった表情を浮かべて笑っている。どうなっちゃうんだ。

「ソレ、ソレ、ソレ、ソレ」
「♪やあきゅうー♪すうるなら♪こうゆうぐあいに♪しやしゃんせ♪アウト♪セーフ♪よ♪よいの♪よい」

再び、どっと沸く。でも、当方の負けだよ。なんで沸くの?

『…ウン…』

あ、そうかあ。当方、すでにパンツ一丁だったのだ。見事に負けたのだ。でも内心はホッとした。

「とうとう最後の一枚、それでは約束どおり」
「ブーブー」
「凛々しいオトコのドラゴンを、エイ」

パンツを脱ぐと、ニコニコマークを描いたスリッパが裏返して股間に張り付けてある。それを見て、仲間たちはオーバーにひっくり返った。TV番組でやっている葉っぱ隊のようなスリッパ踊りを披露して、

「これでどうか勘弁してください!」

と、敵に許しを乞う。今度は何も飛んでこなかった。芯からホッとする。目で姉さんに感謝を伝えると、そのとき突然、拍手が起きた。

『ウン?』

目の前の仲間やコンパニオンさんだけではなかった。いつの間にか廊下に、浴衣掛けの見知らぬ人や旅館の仲居さんたちがいて、こちらを見ている。あまりにうるさくて、宴会にならなかったのだろう、文句を言いに来たのかもしれないが、結局、注意もできず、呆れて見ていたに違いない。その人たちまで拍手している。

近くに座っていた若いコンパニオンが、ポツリと言った。

「あのひと、エライわあ」

浴衣に着替えて、席に座る。姉さんもスーツを調え、何事もなかったように、お酌に回る。ハードな男たちと麗しいコンパニオンさんたちが、いつの間にか、友達のように、はしゃいでいる。それを見ながら、当方、ゆっくり酒を味わう。

勢いだけの芸なんか、何もエラくはない。エライのは、ウブで純朴でハードな男たち、なのだ。彼らの厳しい労働とそれに立ち向かう姿を思うとき、励ましを受けているのはいつも当方であることに気づく。

野球拳のあと、何となく気恥ずかしいのか、姉さんはお酌に来てくれなかったが、舞台を降りる間際、戦友のようにがっちり握手を交わした。彼女の心意気と当方の気持ちが通じ合えたように思え、ひとりで飲んでいても、互いに相手を身近に感じ合っているような錯覚に捕われる。

そう、そうなんだ。温泉宿で体を張って働く粋なコンパニオンさん大好き。
  

「友達はみんな兄弟」

馴染みのスナックで飲んでいると、たまに昔話に花が咲く。そんなとき、決まって男たちは幾分、感傷的なまなざしを漂わす。

「イシダヤが親父になったんだって・・・」
「あのころ、暴れてたから、女にはモテなかったよな・・・」
「今もたまに来ると暴れてるよ・・・」
「この間は広尾にあるアメリカンマーケットの2階で暴れてた」
「こんなとこで何してるんだ、って怒ったら、イシダヤの奥さんが横から顔を出した。上智出の才媛と聞いていたが、可愛いヒトだった。あの中年の飲んだくれのどこが良くて結婚したんだろうね」
「でも幸せになってよかったな・・・」

一同、うなずく。

「ロクちゃんが破産したって聞いたけど、最近来ないの・・・」
「ロクのヤツ、昔はいつも7、8人引き連れて飲みに来ていたな・・・」
「しかも、見境なく誰にでも、知らない奴にまで奢っていたね」
「覚えてるよ。見たこともない奴がロクの友達だとか言ってゾロゾロついて歩いてた」
「そんな飲み方するから破産するんだよ」
「少しは静かにしているのかな・・・」
「ぜんぜん変わらないよ」
「今はロシアンバーに、はまってる。相変わらず同好の士を募って通い詰めてるよ・・・」
「懲りないね・・・」

一同、うなずく。

「ロクちゃんと言えば、可愛いコをよく連れてたよね・・・」
「ヒトミちゃんだろ・・・」
「いや、マイちゃんだよ、お前も付き合ってた・・・」
「オレは1ヶ月ぐらいしか翻弄されなかったけど、そう言うオマエこそ3ヶ月は沈没してたろ、なあマスター・・・」
「2人は兄弟か・・・」
「するとロクちゃんも入れて3兄弟・・・」

離れて座っていた顔なじみの客が深い溜息をついて首を振る。

「いや、4兄弟・・・」

一同、沈黙。

「驚いた顔して、ニシヤンはどうなんだよ・・・」
「オ、オレも、一度夜食がわりに食べられちゃった・・・」
「じゃ、みんな兄弟か!?」

一同、うなずく。

こうして、夜が更け、仲の良い兄弟たちの昔話に花が咲く。スナック大好き。

「新装オープン」

いらっしゃい。

今回が口開け。つまり、その…、新装オープン。と言っても、以前、他のサイトで公開していた日記が中断したので、今回はリニューアルオープンってとこ。今は店(ブログ)の中にはナニもない。カウンターがわりの掲示板も、ホステス代わりのチャットも、只今準備中(?)。いや、女のコを置くほどの店じゃないので、ずっとシステムの準備中が続くかもしれないけれど、とりあえず看板に明かりを入れたってとこ。だからあまりこの店に期待されても、何も出ないかも。

この間、取材を兼ねて六本木を彷徨う。六本木はキャバクラ全盛。外人パブ全盛。で、六本木常連組は熱く語る。えっ、何を語るかって。それはもう店の娘の話ばかり。六本木の重力源は女のコ。女のコに合わせて客が店を渡り歩く。新宿育ちのこちらとしては何となく落ち着かない。ただ素通りするのも何だから、地下の外人パブに顔を出す。K-1ボブ・サップのような見るからに周囲を威圧するボディガード兼ドアボーイが白い歯を見せて招き入れる。天井から見下ろす彼の笑顔を見ただけで、客はひとつ賢明になる。目が飛び出すような請求書を突きつけられても、笑顔で払おう。
中に入ると、いきなり黒スーツが声を掛けてくる。
ガイジンですか?ニホンジンですか? 
えっ、私は日本人です、なんてボケてはいられない。ガ?‥と発音しただけで、妖しいステージの、奥に連れて行かれる。
ご指名は‥。
ア‥の‥。
アンナ、OK。
えっ、誰‥。
てな具合に日本に着たばかりのアンナが狭いボックスに座っている。アンナは日本語を理解できない。英語も心細い、というよりほとんどダメ。こちらはロシア語はチンプンカンプン。このような場合、日本語を話せるロシア人ホステスがヘルプについてくれないと、砂漠で迷子になった気分を味わう。で、ヘルプみー。大女が現れる。
うん、ヒールが高いのか?
ふくよかな肉体がキュートなドレスを風船のように膨張させている。大女はアンナに目もやらず、何も知らない当方に店のグチを大声で説明してくれる。アンナは二十歳ぐらい、ほとんど無感動な表情で座っている。大女のグチと二十歳の無感動、全く共感のない空間で独りグラスを傾けていると、自分がぼんやりと見えてくる。大声では言えないが、金髪大好き。